受動を強いられる疲労

受動を強いられる疲労

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みんな学校がはじまって楽しそうだ。

きっと親御さんもほっと一息だろう。

(UTUWAは明日からも分散登校を継続します。休校日あけから人数制限をもうけながら通常開校を目指します。)

 

 

その反面、子どもたちの疲れ方がハンパない。想像以上だ。

学校後のUTUWAではもうバテバテ。

運動不足もあるだろうし、人と関わるってエネルギーがいるんだなって、改めて思う。

 

 

そしてその他にもう1つ、疲労の原因があるのかなと感じている。

 

子どもたちが”授業の窮屈さ”に気づき始めた。

「なぜ全員が同じ時間に同じ内容を勉強してるのか?」

「なぜ先生の話を一方的に聞き続けなきゃいけないのか?」

「ずっと座ってなきゃいけない理由は?」

 

集団の足並みをそろえるための、受動を強いられる疲労とても言うのか。

とにかく、学校というシステムの問題点に子どもたちが気づけたのは、コロナがくれた数少ない恩恵だろう。

 

意外と気づかない人が多いけど、授業があって、そこに生徒をはめこむというのは本来おかしい。

だって、子どもたちの成長が目的でしょ?だったらなぜ子どもたち一人ひとりの“現在地”から、学びがスタートしないんだろう?

どうして子どもたちが授業にあわせなきゃいけないんだろう?

どうしようもないにせよ、それが教える側の都合であることはきちんと理解すべきだ。

 

さて、学校が再開して。生徒諸君、見ものですよ。

先生たちの授業が、学校が、コロナ前後でどう変わったか。

楽しみだ。

 

 

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