1人の生徒が合格したというただそれだけの話

1人の生徒が合格したというただそれだけの話

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今日(正確には昨日か)、

うちの大事な生徒の一人がAO入試で合格したそうだ。

そうだ、というのも、

恥ずかしながら、合格発表の日を知らなかった。

 

 

初めて出会ったは、彼が中学2年生の頃だったと思う。

昔から堅実で、意志が強くて。

その分頑固なところもあるから、

今に至るまで、彼とは何度も言い争いのケンカをした、

こっちはもうええ歳なのにね。

 

でも、そんな岡本とはちがって、

誰よりも冷静で、優しい心も持ち合わせているから、

いっとき感情的になっても、

自分に非があればそれをすぐに修正できる。

 

そんな彼を見てみんな、

非の打ちどころのない早熟な好青年だ、と言うだろう。

 

その周囲の見立ては間違いじゃない。

確かに彼は多くのアドバイスを必要としなかった。

 

でも岡本は(ひねくれてるから)、

彼の早熟すぎるが故の問題、

現実を見過ぎるところ、

つまりは自分の可能性を自分で規定してしまうところが

どうしても気になって。

 

だから、

彼が持てる才能をすべて出し切れるようにすること。

いつしかそれを、岡本の使命とすることにした。

 

時には(彼にとって)不必要に心を揺さぶるようなことも言ったし

精神的に追い詰めることもした。

ドライブに行って、死生観や人生観を語り合ったりもした。

少しでも彼が自発的に何かを感じ、

自身の生き方を見つめ直せるように。

 

 

結論を言えば、

その使命はまだ果たせずにいる。

もう少し時間が必要だった。

 

 

だから、

本人から合格報告を受けても、

やったな!とか、うれしい!とか。

(本人には失礼だけど)そんな感情は特に湧いてこなくて。

真っ先に岡本の心を埋めたのは

(今ふり返るに)無念さ、だったように思う。

 

(おこがましいけれど)もう少し彼の役に立ちたかった。

もう少しそばで、彼の成長を見守りたかった…。

 

後ろを向くことに意味はない、

彼がつくばを離れるまで、その残された猶予で

もっとたくさんの話をしようと思う。

もっとたくさんケンカしようと思う。

彼が少しでも幸せな人生を歩めるように…

 

 

と、教育者ぶって偉そうに言ってみたものの、

 

他人には人さまの人生をどうこうできる力なんてない、

それに彼にはもはや、

自らの力で未来を切り開く力がある、

それを分かっていながらそんなことを言うってことは、

 

彼のことがただ好きなだけなのかもしれない。

ただ、「家族」として「友」として、

彼との別れを惜しんでいるだけなのかもしれない。

 

 

…思いのままに書いていると、

いつにも増してメッセージ性も脈絡もない

へんてこりんな記事になってしまった。

やーめた、っと。笑

 

 

 

岡本が本人に直接言うことは絶対にないから、

この場を借りて。

 

 

本当におめでとう。

 

 

 

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